オレが見たのは、山野井泰史さん、妙子さんという登山家のドキュメンタリーだ。最小限の人員、装備で頂上を目指すアルパインスタイルの登山家だ。
山野井さんの言葉は淡々としていて一切飾ったり凄んだりが無かった。穏やかで静かで深い湖のようだ。それとは対象的に生き方は凄まじかった。手や足のほとんどの指を凍傷で失っている。それでも山への挑戦を止めない。登山に命を懸けていた。挑戦というのはこういうことなのか、と思った。オレは口では何とでも言えると思っていて人は行動が全てだ。どう行動するかでその人の本当の考え方や生き方、そして人物があぶりだされる。
手足の指を失っても山に登るのは何故だ? 混乱して不穏になる。
この番組を見る前からそういう登山家がいるのはなんとなく知っていた。しかし、映像の中ではあるがそれを目の当たりにして、もし空手で手や足の指を失う事があるとわかっていたらオレは空手をやっただろうか?恐らくオレにはできない。そこまでいくとスポーツの領域ではない。真剣で切りあうのと似ていると思った。
正体不明の涙と感動が襲う。ひた向きで何一つ飾りのない生き方は人に感動を与えるものらしい。
誰かに勝つためでも証明するためでもない。自分が生きるために、ただそこに自分として在るために山に向かう。
番組の中で宇宙飛行士の野口聡一さんが、Hapiness is in my hand、と紹介していたが指を失っていてもその手には他では得られない充実感、達成感、生きているという実感、そして幸せがあるんだと気づく。
山野井さんは現在は伊豆で畑を耕し、海と山に囲まれ自然の中で静かに暮らしていると紹介していた。自然は時には命さえ奪うが時には人を癒し穏やかで静かな幸福をくれる。 そこには矛盾や理不尽や悪意はない。ただそこに在るということ、全てがそれだけのこと。
これを書いている今は衆院選の真っただ中。自分の保身のために今までの主張を真逆にしても平気な奴らが山ほどいる。吠える姿は矛盾にまみれた厚顔無恥。オレの目にはこの世で最も醜く映る。彼らには志も理想も無い。
いい加減なオレに今からでも山野井さんの様な生き方はできるだろうか?たとえできなくてもそれに近づく事は可能だろうか?
どうなるかはわからんが、答えは自分の手の中だけに在る。






