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”水月”は武道の極意であると言われる。

どんな意識?と考えるがバカなオレにはわからない。

水に映る月は実態はそこには無い。しかしあるにはある。そして何かの拍子で揺らげば、消えてしまう。どこに消えてしまったのか、と思えばまた映る。居着いていない。

また、水は流れているから澄んでいる。形も環境で変わる。逆らっていない。自然だ。

組手でも日常でも自然は難しい。オレはバカなくせにアレコレ考えてしまい、たいていそのまま直球勝負が一番良かった、となる。現状を素直に自然に受け入れたいと思うがチカラズクで切り抜けようとして失敗する事が多い。

自然になるためには強さと諦めが必要で、これが相反しているように思えるので、難しいのでは?と分析している。

強いものほど美しい、という単純思考のオレにとって弱さが最も警戒するものだ。

ガキの頃からアキラメルナと洗脳されてきた。その時はそれが強くなる事と同じ意味だった。

マスコミ等でも有名人や成功者の”諦めなければ夢は叶う”を放送するので、本心は「そうは言っても、、」と思っても方向転換できない人は山ほどいるに違いない。また周りも「そんなの諦めて次に行け」とは言えるはずもない。

人生は複雑(偶然の重なり)なので、続けていると形になることがあるし、一般的には諦めは弱さの象徴だ。

しかし一方で諦めとは悟りという意味だ。明らかにする、という事でもある。

見方を変えれば諦めこそ強さに繋がる。

ユメヲアキラメルナと単純にはいかないが夢がないとナンノタメニイキテルノ?となるので折り合いをつけて生きることになるが、オレの場合はどこまで諦められるかがこれから最重要課題になるのは間違いない。